「D&I」から「DEIB」へ。鍵となるのは、従業員が自分の居場所を感じられる「Belonging」

数年前とくらべて「D&I(Diversity & Inclusion)」という言葉を耳にする機会が増えました。最近では「Equity(公平性)」を加えて「DE&I」と呼ぶことも。さらに欧米を中心に「Belonging(帰属意識)」を加えた「DEIB」を提唱する企業も増えています。

こうした流れのなかで、株式会社ユーザベースでは2023年度から「DEIB」を掲げ、推進しています。

同社におけるBelongingは「一人ひとりが“自分の居場所がここにある”と感じられている状態」を指すのだとか。そして、組織のメンバーがありのままにクリエイティビティを発揮するために欠かせないテーマなのだそうです。

国内においてまだまだ珍しいBelongingをどのように解釈し、加えたのでしょうか。社内のDEIB推進に取り組む犬丸イレナさんに伺いました。

犬丸 イレナ

クリエイティブディクレター / DEIB Committee メンバー (DEIB基礎研究・Neurodiversity推進担当)

セルビアのベオグラード美大グラフィックデザイン・イラストレーション専攻修了。東京では電通で4年ほどカネボウ化粧品、日清食品、東芝などのキャンペーンのアートディレクターを務める。GoogleおよびOgilvyのロンドンオフィスにてデジタル戦略とアートディレクションを担当した後、2019年にユーザベースに参画。

社員の3割が「機会が平等に与えられていない」と回答。D&I推進の契機に

――「DEIB」について伺う前に、ユーザベースのD&Iにまつわる取り組みについて振り返らせてください。発端として、2021年にD&I推進のコミットメントを策定していますよね。どのような経緯で進められたのでしょうか。

犬丸さん

ユーザベースでは、社員の行動指針や共有すべき価値観として「7つのバリュー」を2012年に定めました。そのなかのひとつで、D&Iと密接につながっているのが「異能は才能」です。

これまでにないプロダクトをつくって世界を変えていくにあたり、価値観、人種、宗教、性別、性的指向といったさまざまな違いをもった人たちが、手を取り合って進んでいく必要があります。それぞれが異能を発揮することで、イノベーションを起こせる。そんな考えのもと、バリューに組み込みました。

実際、「異能は才能」という言葉の存在によって、さまざまな人が活躍できる土壌がユーザベースに生まれました。ただ、10年以上の月日を経るなかで課題も見えてきたんです。

――具体的にどのような課題が?

犬丸さん

転機となったのは、「ブラック・ライブズ・マター(2013年にアメリカではじまった人種差別抗議運動。2020年に起きたジョージ・フロイド事件をきっかけに世界的な広がりを見せた)」です。

ユーザーベース創業者の梅田(優祐)は当時、ニューヨークを活動拠点にしていました。そして、この出来事をきっかけにマジョリティとマイノリティで見える景色がまったく違うと知り、社内Slackに「みんなでこの問題について考えてみたい」という投稿をしたんです。

企業柄、そうした問題はきちんとデータをもとに議論するべきだという考えもあり、すぐに「ユーザベースの業務・評価・採用のプロセスには、本当に『機会の平等』があるか?」という社内アンケートも実施しました。すると、「ない」と回答する社員が3割ほどいて……私たちが思っているほど、ユーザベースの社内もフェアではない現状がわかったんです。そこで、もっとD&Iに力を入れなくてはならないと危機感をもちました。

――それがD&I推進のコミットメント策定につながるわけですね。

犬丸さん

そうですね。コミットメント策定とほぼ同時に、D&Iを推進していくチーム「D&I Committee」が結成されました。今では30〜40人の有志メンバーが集まり、女性活躍やアンコンシャスバイアス、LGBTQ+、更年期など、さまざまな課題に取り組んでいます。なかには、何かしらのマイノリティ体験をした人が、それを繰り返さないために活動しているケースもありますね。

また、こうしたチームが結果を出すためには、リーダーシップのコミットメントは欠かせません。そこで、CHROにもチームに加わっていただき、長期的な活動をしていく体制を整えています。

「異能は才能」を実現するための環境づくりに「Belonging」が役立つと思った

――そうした経緯を経て、2023年度からはD&Iに「Equity(公平性)」「Belonging(“自分の居場所がここにある”と一人ひとりが感じられている状態)」を加えた「DEIB」を掲げています。この考えは、どのように整理されていったのでしょうか。

犬丸さん

D&Iの一環として、Diversability(障がい者)の方々(※)がユーザベースでもっと活躍できる環境づくりについてメンバーで話し合っていたのですが、「社内に充分な体制ができていないと、どんな人を採用しても自分らしく働けないよね」という議論になったんですね。それで、社員が公平に機会や待遇を受けられるようにする「Equity」が必要になると考えました。

※『divers=多様な・多彩な』『ability=才能』という意味をもつ造語。ユーザベースでは障がい者雇用のことをDiversability雇用と呼ぶ。

リサーチを進めていたところ、グローバルでは「Belonging」も追加している例があると知ったんです。これは、従業員がありのままの自分でいるために、組織のなかで自分が尊重されていると感じられる状態を指す言葉でした。欧米だと、人種や宗教などのマイノリティのコミュニティがつくられ、ボトムアップでさまざまな施策を打ち出すというケースが多かったです。

ただ、欧米と違って、日本ではさまざまな人種が交わって働くことはあまり多くないですし、欧米の考え方をそのまま伝えても、ピンとこない人が多いと思いました。それよりも、一人ひとりの経験や価値観、強み・弱みといった、表に出づらい多様性をみつけ、尊重していくほうが現実的なんじゃないかなって。

それが「異能は才能」に一番近い考え方だと思ったし、そのために「Belonging」は重要なマインドだと感じました。Committeeメンバーに「Belongingも入れましょう!」と提案したときは「また増えるの!?」「ちょっと発音しづらい」「DEIBの読み方はディブなの?」という困惑の声も聞かれましたが(笑)。

――確かに「Belonging」という言葉は日本人にとってあまり身近ではないので、どう解釈していくかも難しそうですね。

犬丸さん

そうなんです。直訳すると「帰属意識」なのですが、その言葉からは古い時代の組織に存在していた「会社の言うことを聞くべきだ」という同調圧力を連想してしまう人もいる気がしました。

本当は、もっと個人をリスペクトして、一人ひとりにとって安心な場所をつくるための言葉なんですけれど、残念ながら完璧にマッチする日本語が見つかっていません。現状は「居場所」という意味で使っていますが、引き続き社内で議論して、よりよい表現を模索していきたいです。

ただ、ユーザベースらしい「Belonging」の考え方は、「異能は才能」というバリューにすべて詰まっていると考えています。自分らしくいられる居場所があることで心理的安全性が担保され、一人ひとりのクリエイティビティが万全に発揮できる。そうやって誰もが自分のスキルを受け入れてもらえる環境づくりが、「Belonging」なんです。

ユーザベースが目指すパーパスにたどり着くためにDEIBがある

――ユーザベースでは、Diversity、Inclusion、Equity、Belongingの関係性を図版にしてわかりやすく解説されていますよね。言葉で隅々まで理解・浸透させるのが難しい事柄を、丁寧に表現していると思いました。

犬丸さん

言語化・構造化ってすごく大事だと思うんです。当たり前のようになっている概念や物事も、言葉や図に整理してみると「そういえば、そうだよな」と重要性にあらためて気づかされることもありますし。

その点、この図版はとても役立っていますね。Diversityは「目的」のように捉えられがちですが、そもそもは前提となる「組織の状態」を表した言葉です。InclusionやEquityは、その状態をつくるための「手段」。

対してBelongingは、「個人がその環境に抱いている感情」を指しています。それぞれにレイヤーが違うから、すべてを並列に扱うと違和感が生じてしまうんです。

そこで当社では、このように3段構えの図版をつくり、“ユーザベースの考えるDEIB”を定義しました。特に大切なのは、こうしたDEIBが一番上にある「Purpose」とつながっている、という部分です。

――最上位にPurposeがあると、DEIBを推進する理由が腹落ちしやすいと感じました。

犬丸さん

DEIBの定義づけや図版化を進めるなかで「従業員一人ひとりに居場所があるのはとてもよいことだけど、それは何のために取り組むんだっけ?」「みんなハッピーに働けると、どんなメリットがあるんだっけ?」という議論が出たんです。

だからこそ、「DEIBの推進はユーザベースにとって意義がある」という物語をわかりやすくするためには、パーパス(「経済情報の力で、誰もがビジネスを楽しめる世界をつくる」)との接続が欠かせないポイントでした。社会の流れや他企業の真似をして、なんとなくD&Iを推進しているのではないんです。

――ユーザベースが目指すPurposeにたどり着くためにDEIBがある、と。

犬丸さん

BelongingをCommitteeのメンバーに提案したときは、想定するシナリオや想いだけではなく、具体的なデータと効果を示すことが武器になりました。そのとき見せたのが、マイクロソフトの従業員エンゲージメント調査ツール『Viva Glint』の調査でわかった、「強いBelongingの意識を持つ従業員は、6倍以上エンゲージメントが高い」という結果です。

従業員の納得感だけでなく、取締役会などで事業インパクトへの貢献を求められるようなシーンでも、こうした調査結果は強い味方になりました。

Belongingの醸成は、一歩ずつ積み重ねていくしかない

――具体的には、どのような取り組みを通じて社内のDEIBを推進しているのでしょうか。

試行錯誤中ですが、反響があったのはタウンホールミーティング(経営陣と全社員の対話型のミーティング)です。

一人ひとりを取り巻く背景が異なる以上、Belongingに唯一の正解はありません。だからこそ、さまざまな人のリアルな発言や実体験を聞いてもらうことで、多様な気づきが生まれます。

そこで「自分がマイノリティだったとき、ユーザベースでBelongingを感じた経験がある人」を社内で募集して、その具体的なエピソードを話してもらったんです。

――どのような体験談が挙がりましたか。

犬丸さん

Co-CEOの佐久間(衡)は、自分が一番弱く、悩んでいたときの経験を話してくれました。

また、NewsPicksパブリッシングの編集長だった井上(慎平)も、鬱で1年ほど休職して現場を離れたときのことを踏まえて、「これからはむしろ、弱い自分を表に出す」という想いを発表してくれて…….。このとき発表された内容に近い連載が、NewsPicksのトピックスで「弱さ考」として投稿されました。

外から見れば非常に強く感じられたり、高い成果を出していたりする人たちが、実は迷いや弱さを抱えていることがわかったんですね。しかも、佐久間や井上のように、上に立つ存在が口火を切ってくれたのがよかったと思います。

おかげで、従業員の多くが「私たちもそれでいいんだ」「人と違う部分があっても、受け入れてもらえるんだ」と、より実感できました。完璧じゃないロールモデルが社内に増えれば増えるほど、ユーザベースにBelongingが浸透していくと感じています。

今後は、リーダー向けのトレーニングやオンボーディングにも、メンバーのさまざまな課題に目を向けるためのワークショップを取り入れていく予定です。

――自分の身に起きていないことを完璧に想像するのは簡単ではないと思います。ただ、自身の弱みを聞かせてくれる人の存在や、ワークショップなどで汲み取る訓練は、多くの気づきを生みそうですね。

犬丸さん

私自身、以前は成果に対して自分にも他人にも厳しいタイプでした。セルビアで生まれ育ったというバックグラウンドもあり、日本でやっていくためには人より頑張らなくちゃと思い込んでいたんです。

だから、少しでも仕事のペースを緩めるような人に対して「なんでもっと頑張れないの?」と思ってしまうこともありました。でも、そんな自分も、あるとき働きすぎや完璧を求めることが原因でバーンアウトしてしまって……。それをきっかけにBelongingの重要性を特に強く感じるようになりました。

――組織としてBelongingをつくっていく一方で、従業員一人ひとりの主体的な姿勢も必要になってくるのかなと思います。

犬丸さん

もちろん、一人ひとりが心を開いて、強みだけではなく、弱いところも見せてくれるのが理想でしょうね。ただ、オープンコミュニケーションを押しつけるようなかたちになってはいけないと思うんです。だから、「説得して見せてもらう」のではなく、「自然に見せられるような環境をつくる」のが組織の使命なんじゃないかなって。

たとえば先日、従業員が自由にテーマを決めて執筆するNewsPicksのあるコーナーで、若い世代のインターン生が「『多様性』にムカつくこと」という記事を出したんですね。

――この時代において、かなり踏み込んだ内容ですね。

犬丸さん

多様性をめぐる議論への違和感を含んだ内容でしたが、この記事がきっかけとなり、社内でさまざまな議論が生まれたんです。彼女が率直な意見を表明できる空気も、それを受け取った従業員たちがそれぞれに自分の考えを表現し、理解し合おうとする姿勢も、すばらしいですよね。

こうした機会や議論を重ねていくことで、ドミノ倒しのように、少しずつBelongingが醸成されていくのだと思います。

「異能は才能」を信じて。活動の継続が何より大切

――結果が見えにくい活動だと思いますが、これまでのアクションに手応えは感じていらっしゃいますか?

犬丸さん

結果は本当に見えにくいですね。でも、最初はたった数名ではじめた取り組みが、これほど大きな活動になったことを誇らしく思いますし、手応えを感じます。

私自身、DEIBのプロジェクトに割ける時間は3割くらいなのですが、気持ちとしては7割くらいのモチベーションで携わっていて(笑)。それくらい会社にとって意義のあるプロジェクトだと考えています。

――事業への貢献を求められる場面もあると思うのですが、成果や効果について、社内ではどのように説明していますか?

犬丸さん

D、E、Iについては2023年にDEIBレポートの中で、さまざまなデータを社内外に向けて初めて発信しました。 Belongingについては、毎年実施している組織サーベイにDEIBに関する項目を盛り込んでから、2024年4月に発行する予定のDEIBレポートで結果を発表したいと思っています。

転機となった「社内の機会の平等はあると思うか?」という問いに近しい質問を入れるなどして、あらためて現状を探ってみることで、公表できる数字が出てくるはずです。

――さらなるDEIBの浸透に向けて、課題に感じていることや新たに挑戦したいことはありますか?

犬丸さん

ゴールがない仕事なので、取り組みを続けていくこと自体が課題であると認識しています。私が活動をはじめた当初、社内のドライブにある過去資料を読み返していたら、ずいぶん前にCSRの枠組みでEqualityやFairnessを推進した歴史が残っていました。でも、担当していたメンバーが退職した後、プロジェクト自体も消滅してしまったようで……同じようなことになってしまったら、非常に残念ですよね。

だから、もし私がこのプロジェクトから離れても、誰かが継承していけるように、体制なり資料なりを整えていきたいと考えています。

とはいえ、いまは「DEIB Committee」というチームがあるし、多くのメンバーが「異能は才能」というバリューを信じています。ESG委員会と連携して、重要課題の一つとしても追っているので、リードしている松井(ユーザベースCHRO)の存在により、nice to haveだけではないプロジェクトに生まれ変わってきました。この旗を掲げているかぎり、活動は続けていけるはず。

売上みたいに明確な結果にはつながりにくい分野ですが、エンゲージメントや離職率などさまざまなアプローチを通じて効果測定を試みながら、優先順位を高く、取り組み続けていきたいと考えています。少しずつ、いろんな「異能」が自分の才能を「ユーザベース」というプレイグラウンドで輝かせていけるようにと願っています。

執筆:菅原さくら
撮影:関口佳代